フォーラム

「21世紀、鋼構造技術は何ができるか」
− 鉄を使った新しい空間・機能をもった建築の提案 −

芝川@芝川構造設計室

この文章は、独立行政法人 建築研究所が主催するシンポジウム「21世紀、鋼構造技術は何ができるか」の
ために催されたコンペティションに対し応募した作品の主旨説明です。

 我々チームは、わたくしの恩師、意匠−構造の設計仲間、日頃から交流のあるファブリケーター、そしてゼミの学生数人という構成です。
 普段の仕事関係からは少し距離をおき、フラットな関係で、このテーマについて議論を繰り返し、ものつくり大学のような形態で、およそ2ヶ月間、最終的に、このような草庵を形造るところまでこぎつけました。
 まず有孔耐震壁について概要をお話しします。
 この研究は、“円形孔を有する鉄骨梁の耐力と設計法”が基になっております。その実験研究から得られた知見は、せん断パネルのウィークポイントである、座屈による急激な強度低下と、繰り返し加力下における履歴挙動の劣化を改善する方法が、スリーブの存在により可能となる事が予想されるというものであります。
 つまり一般的には、耐力的にプラスとならないと云われている断面欠損、この場合スリーブの存在ですが、ことせん断剛性−耐力共に高い壁においては、そうとばかりは云えないという事であります。
 土井研究室@岐阜高専で行われた実験において、その性状は、支持点が対角でなされた場合、その対角を欠損させるような孔を設け、いわばラーメンフレームを構成するような形態が、変形能力のアップとなるようです。
 今後、定量的な評価をするため、いくつかの追加実験を計画しており、設計式の提案までこぎつけたいと思っております。

 次に、21世紀についての思いですが…
 我々が提案していることは、どちらかというと近未来的なことであるかも知れません。特別何が新しいでもなく、ハイテクを気どっているものでもありません。ただ、科学技術の“進歩”に対しての疑いを持たない限り、この世紀に課せられた課題を見過ごしてしまうような気がします。
 そろそろ進歩ということではなしに、技術を成熟させる時期にきていると思います。
 建築は、ましてそれを創る人間として、技術を支配することはあっても、それを持って全てが成し得るなどという“心のゆらぎ”があってはなりません。“人間は大きな存在によって生かされている”という、よき思想をもとに、人として、建築に携わるものとしてその姿を形づくっていかねばならないと思います。
 まだまだデザイン一つとっても、人々が創り上げてきた科学技術を全うしているとは思えません。

 すぐそこにある技術で、まだまだやれること、やるべきことがあるのではないでしょうか?

 そこで、我々が造った曖庵ですが、その根底にあるものは“美しい鋼構造”であります。
“黒いレース”とも云われた鋼構造の持つ美しさを、面という新しい構築の仕方で、デザインできないものであろうか?という挑戦、決意表明であります。

 単に力学的に合理性があるとか、エネルギー吸収能力が高いなどという構造システムだけの問題ではなく、自然と共にある質の高い建築を、この技術を使い、一人一人がそれぞれの職能、経験、考えを注ぎ込めるものを、提案していきたいと思っております。
 美しくありたい、暮らしたいという、いわば観念的なことを、それぞれの言葉、振る舞い、工学的には技能、技量というべきなのでしょうが、それらをどのように堪能すれば、“良い建築”、“美しい建築”としてゆけるのか。

今回、我々はそのテーマとして、構造体の容姿を、“軽やかに そして しなやかに”としました。
 それは、こんな思いからです。
 自然の繰り出す外力に対して、幾度か失敗を繰り返し、その反省として我々が是正してきた架構システムは、いつの間にか本質的なところではなくて、安易な経済性や、管理の仕方ばかりに着目し、あえて誤解を覚悟の上言うと、結果見えた弱点ばかりを補い、その建築物としてのプロポーションを、重く、堅い姿に変容させていったのではないでしょうか。現在、ほとんどの鋼構造がBOX柱とH形鋼の梁で形造られておりますが、鉄のスケルトンの美しさは何処に消えたのでしょう?。 “黒いレース”と云われた軽いしなやかなフレームは何処へ行ってしまったのでしょう?
 “姿には心が表れる”とすれば、鉄の建築がかもし出していた“気品”、言葉を換えれば、“強くしなやか”であった姿は、我々が今造っている建築の何処に表現されているのでしょうか。

 説明いたしました有孔耐震壁が、補強という概念の強い耐震壁であれ、補弱という概念のある制震壁であれ、その意匠デザインがどのように決定されても、その崩壊は圧縮側の座屈を拘束し、やわらかにたわませていく事、しなやかに挙動する事を理想としています。そんな思いを持ちながら、構造デザインによって、その剛性、耐力をコントロールし得たとき、それらを支えるフレームは極限まで研ぎ澄まされ、軽やかなものになります。
 そんな構造体は、いわば“人”でいう心の部分であり、その姿として建築に表れてくるのでしょう。私はそんな構造体を造りたい。

 このように追求していくと、日本の伝統であります木文化の数々が思い起こされ、今回は提案することを差し控えましたが、壁と柱の関係から鋼構造の真壁、大壁の構築に対する感触や、また、鉄と紙の組み合わせにも興味を持ちました。そのどれをも可能性を感じるもので、次に繋げ、引き続きこのテーマを成熟させていきたいと思っております。
 建具のような美しさを持つ鋼製の壁が、鉄の建築の“新しい美”を感知させるようなものを、模索し続けたいと思います。

 具体的な建築でもって、少しずつ、元来、鉄の建築が持っていた“美しい姿”を取り戻すため、21世紀を生きる人間として精進して参りたいと思います。