建築行脚
インド
羽賀重久
haga@gifu-kt.net

憧れ
 5〜6年程前から数回インドに行く機会に恵まれました。憧れた”悠久の地”インドにようやく行くことが出来、大変有意義な経験になりました。ガンジス川・ヒマラヤ・ヒンズー教・仏教・カースト制度・マハートマーガンジー・ラビンドラナートタゴール等々。色々な言葉・人物を連想させてくれる神秘的な国ですが、一方ではバンガロールに代表される情報産業等の先進国家として、また核を持つ軍事大国として、世界に大きな脅威を持っている国です。
 我々建築を志していた者にとっては、ル・コルビジェの建築を都市的規模で実現した都市チャンディガールがある国として有名です。1947年インドとパキスタンが分離独立した際、パンジャーブ州の州都として、荒野に建設された都市で、このことがインドの近代建築に対し、少なからず影響を与えてきたのではないかという思いがします。実際、ニューデリー近郊にある建築群を見ていると、そう感じる建築が数多くあり、熱帯の日差しの中にあるそれらの建物は、私に「光」と「影」の持つ意味を深く感じさせてくれました。
 また、インドにはイギリス統治以前に、長く続いたイスラム文化時代の建築が数多くあり、アーグラーにあるタージ・マハルは、ムガル帝国時代の霊廟建築としてあまりにも有名で、その美しさは世界中の人に知られております。その他にデリーのジャマー・マスジット、ラール・キラー(赤い城)、アーグラーのアーグラー城等は観光名所になっており、多くの人が訪れている場所です。

アーグラー城
 アーグラー城へは、最初の出会いから都合3回訪れることになりますが、その都度新鮮な思いで、飽きるということはありません。
 アーグラー城はアーグラーフォート駅の南東、ヤムナー川が大きく東に曲がる地点の東河畔にあり、西面はヤムナー川を自然の堀とし、そこから水を取り入れ、周囲に堀を巡らしてあります。壁には赤い砂岩が使ってあり、これがインドの大地と同じ色をしており、まるで地面から生えた様な姿を見せています。またヤムナー川対岸からの眺めは、まるで崖の一部であるかのように見え、大地と一体になった姿を見せています。
 そんな外観を見ながら、堀に架かっている橋を渡り、狭い通路と幾つもの門を過ぎていくと、幾何学的な植栽が施してある中庭というには少し規模が大きな場所に導かれます。さらに、その中庭を囲んでいる建物の一つから、内部に進んでいくと、一辺30〜35m程のパティオが急に目の前に姿を見せます。周囲の高さ10mぐらいの2層の建物で囲まれており、1階が回廊ような部屋(図書室という説明を聞いた)になっています。強い日差しが建物の内部に入らないように、石でできた庇が四方に巡らしてあり、その庇がつくりだす「光」と「影」の存在が大変印象的な空間です。その構成はパティオを軸にしてまったくシンメトリーになっています。
 後になって分かったのですが、どの空間もこのシンメトリーの原則は守ってあり、細部の装飾に至るまで、この原則は貫かれて存在していました。
 ここを通り抜け、次に出現したのはヤムナー川に面したテラス空間です。床・壁は白い大理石でできており、いままでの赤い空間とは対照的に、真っ白な静寂感の漂う空間です。この赤から白への一瞬のうちの切り替わりが、鮮やかな印象を与え、何か高貴な空間であることを伺わせています。川に面した部分にイスラム独特の模様を透かし彫りにした欄干(パティション)が巡らせてあり、川からの風が通り抜け、とても気持ちの良い空間になっています。また川に突き出し、八角形の塔が建っています。ここが、タージ・マハルを建てたシャー・ジャハーンが、息子アウラングゼーブに帝位を奪われ、後に幽閉された塔で、ここからヤムナー川の彼方に見えるタージ・マハルを眺めながら、晩年を過ごしたという場所です。内部の壁をよく見てみると、壁に花の模様が彫られており、石か何かがそこに埋め込んであったような形跡があります。話によると、そこにはルビー、サファイヤ等の宝石が花の色に合わせて埋め込んであったが、イギリスに占領されたおり、兵隊達が全てをえぐり取り、奪い去ったということでした。そしてもう一度廻りを見てみると、その細工は壁一面に施してあり、天井にも金箔が張ってあった痕跡がありました。白地の大理石に赤、青、黄、緑の宝石の花が咲いている様はどんなに奇麗だったか、今の姿からは想像もできない素晴らしいものだったに違いありません。部屋の中からは川越しに白く美しいタージ・マハルを眺めることができ、幽閉された王の心の中で、世界中の全てのものが、うつろいでいく様が感じられ、世の無常を垣間見る思いがしました。
 強い日差しのなか、日陰を探してパティオの隅に座り込み、この閉じた白い空間の中でたたずんでいると、頭の中の記憶は次第に断片化され、やがてそれは建物の奥に向かって幾重にも連なりあっている壁と重なり、建物の記憶と自分の記憶が同化し、時間という次元が一瞬のうちにとり除かれ、その瞬間、真の空間のみが見え隠れした。
 そんな、一瞬幻覚にも似た感覚が、頭の中を過ぎ去ったような気がしました。

機能美
 別の建築の話になりますが、デリー市内にジャンタル・マンタルという巨大な宇宙観測装置があります。これと同じものがジャイプルにもあり、こちらのほうが最初にできたということですが、1725年にジャイプルの藩王サワイ・ジャイ・スィングが同じ装置をデリーにもつくったのが、今も残っており、それがこのジャンタル・マンタルです。
 広い敷地に、巨大な日時計や、星の位置を観測する巨大な円筒形の装置等が幾何学的に配置されており、それはあくまでも宇宙観測をする装置なのですが、建築的に見ても非常に興味のあるものでした。それは幾何学的な形態が機能を超えた美しさを持っていることを教えてくれるもので、表皮に赤いインド砂岩、内部・断面に白い大理石と機能的に使い分けてあるのが、一段と形態を際立たせる効果を持っていました。ジャンタル・マンタルは装置という機能を超え、私にモニュメンタルな建築に近い鑑賞を迫るものでした。

 インドという国から受ける印象は人により様々です。実際に行ったことのある人の中でも「もう一度行きたい・二度と行きたくない」と、はっきり二つの意見に分かれてしまう国です。私は前者なのか、大変居心地良く、色々なことを学ばせてくれる国だと思っています。
 車・バイク・自転車・人・牛が、我先にと競い合って流れている道に沿って歩いていると、昼間というのに道端でたむろしている男達を、あちらこちらで見掛けることがよくあります。”怠け者だぁなぁ”と思って話を聞いてみると、「仕事が無いわけではない。仕事はちゃんとある。自分達が欲張って仕事をすれば、誰かが仕事からあぶれることになる。だから今日はしごとはしない。」と、いうような答が帰ってきました。私が日本人なので皮肉ったのかとも思いましたが、どうもそうではなく、まじめに言っているようなのです。カースト制度により、先祖から子孫に至るまで、その身分は変わらず、職業も選択できないという事実が、この様な欲の無い考え方にさせているようです。また、同じようにまちの中を歩いていると、バクシュと言ってこじきが物乞いにくるのによく出会います。バクシュというのは「徳を積みなさい」という意味らしく、日本での「お恵み」というのと少し意味が違うようです。富めるものが貧しきものに施しをするのは当然で、その施しが徳となり、死後、来世でその徳が花開いていくというのです。ものを与える方は徳を積まさしていただき、ものを貰うほうは徳を積まさせてあげるという姿勢で、輪廻の存在を知っているインドでは、理にかなった行為であるようです。
 どちらのことも、当初、理解に苦しんだのですが、何か、大変大切な考え方を教わったような気がしています。